お金がない世界って楽で良いなと思ってた。でもその日々も長くは続かなかった。今じゃ飲食をするにもお金が必要になってしまい、私もお手製のサイフなんかを持ったりして屋台の列に並んでいる。
悪くはない。稼げる手段がこの世界には身近にあるからだ。
「自分で稼いだお金で腹を満たすって意外と良いものなんだね」
「うーん、でもこんな状況でいきなりお金って……」
ため息をついた南ちゃんの心情は分からないでもない。司くんを思ってのことだろう。
「ていうか名前だってそういうのは苦手って言ってたよね!?どういう風の吹き回し?」
私がお金を嫌いだったのは、お金が私を嫌いだったからだ。つまり、貧乏だったのだ。それだけである。
お金そのものが嫌いなんじゃなくて稼ぐというその流れ自体に乗れなかった不甲斐なさだとか世間の冷たさだとか、そういうものが嫌いだったのかもしれない。
「とにかくこうなっちゃった以上は仕方ないよ。稼いで石油買わなきゃ」
「もう、良い感じに丸め込まれちゃって。龍水……」
龍水くんのことは嫌いじゃない。寧ろ好きだ。最初は、南ちゃんと同じようにちょっと苦手意識を抱いていた。なにせ彼は明らかにお金持ち!貧乏人の気持ちなんて知りません!って感じだったのだ。でも蓋を開けたらそうじゃなかった。だから信頼しても良いと思った。彼のことをもっと知りたい、もっと仲良くなりたい。そんな欲まで出てきたのは想定外だったけれど。
私の見事な手のひら返しを南ちゃんはちょっと恨みがましそうな目で見ている。
「龍水くんは清く正しいお金持ちだから、いいの!」
世間話にしては、思ったより真剣な声が出た。眉間にシワを寄せていた南ちゃんも思わず笑ってしまうくらいには。
「それ……!龍水に聞かせてやりたい、あははは」
「いや南ちゃん笑いすぎだし」
「はっはー、心配しなくても話は全部聞かせてもらったぜ!」
突然乱入してきた元気な声に、私も南ちゃんも悲鳴をあげて仰け反った。
「なんだ名前続けないのか?」
「そ、そこまで心臓強くないです」
ちょっと強引だけど、お金という手段で皆の目的を明確にして結果的に一致団結させたこと。未知の世界へ進む勇気をくれたこと。大局を見ているようで、実はこうして一人一人に目を配ってること。龍水くんの格好いいところや功績を挙げたらキリがない。でもそれを本人に伝えるには心の準備がまだちょっと。
「フゥン、まあ今日のところは良いだろう。だか次は必ず聞かせてもらうぞ」
伸びてきた手が、私の頭のてっぺんに触れたかと思うとそのまま二度三度往復して離れていった。
「クッ……やってくれるじゃない龍水」
「なんで怒ってんの!?」
何が起きたか分からないまま立ち尽くす私の横で南ちゃんが歯ぎしりをしていた。
その日の龍水くんはずっと上機嫌だったとかなんとか、南ちゃんにそう教えてもらえたのは、もう少し先のことである。
2021.3.29
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